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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1619号 判決

原告

高岸真一

被告

小林良子

主文

一  被告は、原告に対し、金六三八万〇四〇〇円及びこれに対する昭和六〇年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一二九八万三〇五〇円及びこれに対する昭和六〇年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車と衝突した歩行者が、右衝突により負傷したと主張して、右普通乗用自動車の保有者兼運転者に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償の請求をした事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告の本件責任原因(被告車の保有による自賠法三条所定)の存在。

3  原告の本件受傷内容。

頭部外傷Ⅰ型、外傷性頸部症候群、左臀部・股関節・膝関節打撲、右膝関節打撲擦過傷。

4  原告主張の右受傷治療期間中次の期間。

(一) 昭和六〇年九月二八日から同年一〇月一八日まで二一日間入院。(群馬県高崎市内所在綿貫病院)

(二) 昭和六〇年一〇月一九日から同月二三日まで五日間入院。(神戸市内所在神戸市立中央市民病院)

(三) 昭和六〇年一〇月二四日から昭和六二年九月一八日まで通院。(神戸市立中央市民病院。)

5  原告が本件事故後被告から金三四万円(外に治療費金一〇八万九七五〇円。)を受領した事実。

二  争点

1  原告主張の本件受傷治療期間中昭和六二年九月一九日から平成元年三月三〇日までの通院治療(実治療日数七四〇日。以下、本件争点治療期間という。)と本件事故との間における相当因果関係の存否。

原告の主張

原告は、右期間も引続き前記病院へ通院して治療を受け、本件受傷は、平成元年三月三〇日症状固定した。

したがつて、原告の右治療と本件事故との間には、相当因果関係が存在する。

被告の主張

原告の本件受傷は、昭和六二年九月一八日に全て治癒した。したがつて、原告の右時期以後の治療は、本件事故との間に相当因果関係がない。

2  原告主張の本件後遺障害の存否。

原告の主張

項筋頸部筋緊張、頑固な頭痛・項頸部痛・症状固定後の緩解の可能性は極めて少い。

被告の主張

原告には、後遺障害等級に該当する後遺障害が存在しない。因に、原告は、所謂事前認定手続において非該当の認定を受け、同人は、右認定に対して異議申出をしたが、非該当の結論に変わりはなかつた。

3  原告の本件損害の具体的内容及びその金額(弁護士費用を含む。)

4  原告の本件損害額に対する同人の心因的要因寄与の存否。

被告の主張

原告の潜在的な心因的要因(加害者への不満、身体の不安、自分の人生設計への焦り等)が、本件治療期間に相当な影響を与え、これに対する右心因的要因の寄与程度は、かなりのものであつた。

よつて、原告の右心因的要因の寄与度は、過失相殺の規定(民法七二二条二項)を類推適用して、本件損害額を算定するに当たり、かなり大きく斟酌されるべきである。

原告の主張

原告は、本件治療期間中精神的・心理的に安定しており、右治療は、担当医の辛抱強い治療の継続、原告の右担当医に対する信頼とにより行われたのであつて、その間に、原告の心因的要因により治療を長引かせた事情は存在しない。

第三争点に対する判断

一  本件争点治療期間内の治療と本件事故との間における相当因果関係の存否

1  証拠(甲八、一二、一三、一九、二〇、証人高岸、原告本人)によれば、一見、原告のこの点に関する主張事実が肯認されるかの如くである。

2(一)  しかしながら、一方、証拠(乙三、五、六、鑑定人富田の鑑定結果。)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告の神戸市立中央市民病院における診察結果、治療状況は、次のとおりであつた。

右病院脳神経外科(昭和六〇年一〇月一九日から同月二三日まで入院。)

昭和六〇年一〇月一九日

意識清明。頸部運動(旋回にて)頸部痛軽度。運動低下なし。左側頭部痛軽度。頭蓋骨レントゲン写真検査異常なし。

歩行時左股関節痛軽度あり。

同月二一日

意識清明。運動低下なし。整形外科での診察結果も、股関節・膝関節とも異常なし。歩行可能。

脳波検査の結果、正常。

同月二二日

CT検査の結果、血腫なし。

同月二三日

軽快、退院。

原告の本件受傷中頭部外傷Ⅰ型、左膝関節打撲擦過傷は、同日治癒。

(2) 原告の昭和六二年六月一日から同年九月二八日までの治療状況は、次のとおりであつた。

なお、右治療期間における原告の傷病名は、頸椎捻挫、外傷性頸部症候群、腰部打撲傷であり、右病院脳神経外科ならびに整形外科の各担当医が右治療に当つた。

(イ) 昭和六二年六月一日から同年七月八日まで担当医の診察はなく、ホツトパツク二か所一五分のみであつた。

(ロ) 同年七月九日の診察結果は、腰痛、右項部痛。

(ハ) 同年七月一〇日から同年九月二八日まで担当医の診察はなく、ホツトパツク二か所一五分のみであつた。

(ニ) 右病院整形外科担当医高橋忍は、昭和六二年九月一八日、原告の本件受傷頸椎捻挫につき治癒の診断をした。

(3) 原告の本件症状に対する医学的所見

(イ) 原告が本件事故により頸椎捻挫を受傷したことは確実である。

その他の部位(腰椎、股関節等)については、障害があつたとしても、打撲、捻挫程度のものであつたと推測される。特に、原告の腰痛に関しては、腰部の右打撲・捻挫程度の障害が一、二年を経てから症状を呈して来るとは考えられない。

即ち、右腰痛と本件事故との間に医学的に見て因果関係はなかつたものと推認される。

(ロ) 原告の本件症状は、頸椎捻挫に伴う外傷性頸部症候群であつた。

右症状は、頸項部痛を中心とする多くの不定愁訴を伴い、右症状が鎮静化するのには、半年から二年程要するのが一般である。

本件においては、原告の身体及び生活への不安、加害者への不満が錯綜し、そのため、原告に右外傷性頸部症候群に加えて外傷性神経症が発現して本件治療期間の長期化を招来したものと推認される。

(ハ) 頸椎捻挫の症状固定時期は、一般に受傷後一年ないし二年である。

本件では、原告の右身体的・精神的障害が相加効果を示したことにより、その症状固定日が右一般症例の場合を大きく超過したものと推認される。

(二)  右認定各事実に照らすと、原告の前記主張事実、即ち本件争点治療期間内治療と本件事故間の相当因果関係の存在は、未だこれを肯認するまでに至らない。

むしろ、右認定各事実を総合すれば、原告の本件症状は、本件に特有な原告の心因的要因を除外した一般的症例にしたがい、本件受傷後の昭和六二年九月二八日に症状固定したと認めるのが相当である。

しかして、症状固定後の治療と事故との間に相当因果関係の存在が肯認されるためには、特段の事情が主張・立証されねばならないところ、本件においては、右特段の事情の主張・立証がない。

3  原告の本件後遺障害の存否

(一) 原告は、本件後遺障害として局部(項部)に頑固な神経症状を残すものと主張し、右主張事実にそう証拠(甲一三、一九、二〇。)によれば、一見、右主張事実は肯認され得るかの如くである。

(二)(1) しかしながら、右証拠(甲一九、二〇。)でも、原告に対する脳波、CT、レントゲン写真検査では著変を認め得ない旨が明記されており、したがつて、右各証拠が原告の本件後遺障害として掲記している症状は、専ら原告自身の愁訴に基づくものといわざるを得ない。しかして、原告に本件受傷(頸部捻挫に伴う外傷性頸部症候群に基因して外傷性神経症が発現したことは前記認定のとおりであつて、右認定事実に照らすとき、原告の右愁訴には客観性が認められず、これを直ちに信用することができない。(本件鑑定の結果も、原告の自覚症状を信ずるとすればその条件付きで、原告の右主張事実を認めているに過ぎない。)

加えて、証拠(乙六)によれば、原告は、本件の所謂事前認定手続において、平成元年七月二四日、非該当の認定を受けたことが認められる。

(2) 右認定各事実に照らすと、原告の右主張事実、即ち、同人に後遺障害等級に該当する程度の後遺障害が残存する事実は、未だこれを肯認するまでに至らない。

二  原告の本件損害の具体的内容及びその金額

1  付添看護費 金一万三五〇〇円

(一)(1) 原告が本件受傷後綿貫病院(群馬県高崎市内所在)及び神戸市立中央市民病院(神戸市所在)へ各入院(合計二六日間)したこと、原告の本件受傷名は、前記のとおり当事者間に争いがない。

(2) 証拠(甲六、乙一、四、五。)によれば、綿貫病院における原告の本件症状に対する診断は、打撲部のレントゲン写真検査では骨折、脱臼なし、全治五ないし七日以内、発熱は雨中の事故で濡れたためである、入院した方が早く治る、といつたことであつたこと、原告の神戸市立中央市民病院への入院は検査のためであつたことが認められる。

(3) 証拠(証人高岸)によれば、原告の右綿貫病院への入院期間中は原告の両親及び実姉三名が付添看護に当つたこと、原告の神戸市立中央市民病院への入院期間中同人の両親のいずれかが付添看護に当つたことが認められる。

(4) しかしながら、右(2)認定の各事実に基づけば、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての付添看護費は、原告の綿貫病院における右入院期間中三日間のみ、近親者一名、一日当たり金四五〇〇円の割合による、合計金一万三五〇〇円と認めるのが相当である。

(5) 原告の神戸市立中央市民病院における右入院期間中の付添看護については、右認定にかかる同人の右病院への入院目的、右病院における原告への処遇から見て、右付添看護の必要と本件事故との間の相当因果関係の存在は、これを認め得ない。

よつて、原告の右入院期間中における付添看護費の請求は、理由がない。

(二) 原告は、同人の通院(昭和六〇年一〇月二四日から昭和六一年六月三〇日まで。実治療日数一八〇日)における父高岸次男の通院付添費を本件損害として請求している。

しかしながら、原告が昭和六〇年一〇月二三日神戸市立中央市民病院を退院した当時の症状は前記認定のとおりであつて、右認定事実に照らすと、原告の右通院期間中同人に父親の付添いが必要であつたとは、認め難い。

よつて、原告の右請求部分は、理由がない。

2  入、退、通院交通費 金二九万三一〇〇円

(一) 原告は、本訴において、同人の両親及び実姉の神戸市から高崎市までの交通費合計金五万五七五〇円と原告が綿貫病院から神戸市立中央市民病院へ転医するに要した交通費金一〇万二九〇〇円を本件損害として請求している。

証拠(証人高岸)によれば、高崎市と神戸市間を右主張目的で往復するにつき交通費(グリーン車を利用。)合計金一四万六〇〇〇円を要したことが認められる。

しかしながら、原告の綿貫病院における診断結果は前記認定のとおりであつて、右認定事実に照らすと、本件損害としての右交通費は、合計金六万円(往路一人分、復路二人分。)と認めるのが相当である。

(二)(1) 原告は、同人の本件通院交通費として合計金九四万四九八〇円(タクシー代一日往復金二二二〇円の二三四日分金五二万三九二〇円と市バス・ポートライナー代一日往復金七四〇円の五六九日分金四二万一〇六〇円の合計額。)を本件損害として請求している。

(2) しかしながら、原告が昭和六〇年一〇月二三日神戸市立中央市民病院を退院した時の症状、同人の本件事故と相当因果関係に立つ治療期間が昭和六〇年一〇月二四日から昭和六二年九月二八日までであることは、前記認定のとおりであつて、右認定各事実に基づけば、原告の本件損害としての通院交通費を、次のとおり算定するのが相当である。

(イ) 証拠(甲一三、乙六。)によれば、原告の右治療期間における実治療日数は四七三日であることが認められる。

しかしながら、前記認定にかかる原告の退院時の症状及び右治療期間における治療内容等からすれば、原告の右実治療日数は過剰というほかなく、本件事故と相当因果関係に立つ実治療日数は、その内三一五日をもつて相当と認める。

(ロ) 右認定各事実に基づけば、原告の本件通院には公共交通機関の利用をもつて足りると認めるのが相当であるところ、証拠(原告本人)によれば、右公共交通機関を利用した場合の右交通費は一日当たり往復金七四〇円であつたことが認められる。

(ハ) 右認定各事実に基づくと、原告の本件損害としての交通費は合計金二三万三一〇〇円となる。

3  温泉治療費

原告主張の温泉治療については、治療担当医師の指示又は勧めを認めるに足りる客観的証拠がない。

よつて、右主張治療と本件事故との間の相当因果関係の存在は、未だこれを認めるに至らない。

4  入院雑費 金三万三八〇〇円

原告の本件入院期間合計二六日間につき一日当たり金一三〇〇円の割合。

5  休業損害 金四五〇万円

(一) 原告の本件治療期間が本件事故日の昭和六〇年九月二八日から症状固定日の昭和六二年九月二八日までであることは、前記認定のとおりである。

(二)(1) 証拠(甲九ないし一一、証人高岸、原告本人。)によれば、次の各事実が認められる。

原告は、本件事故当時二八歳(昭和三二年二月三日生)であつたが、昭和五九年三月一九日、京都市立芸術大学美術学部(日本画科)を卒業し、同年六月一日付で京都府教育委員会より高等学校教諭二級普通免許を授与されたこと、同人は、昭和六〇年九月一日付で学校法人杉村学園熊内幼稚園教員として採用され、一か月給与本給金一三万円、手当金二万円合計金一五万円、賞与夏期分一か月、冬期分二か月が支給される予定になつていたこと、同人は、右就職直前の余暇を利用して高崎市まで絵を画きに行つて本件事故に遭遇したこと、同人は、右事故による本件受傷治療のため右職は勿論、他の職にも全く就き得ず、収入も皆無であつたことが認められる。

(2) 原告の本件休業期間は、前記認定の各事実から、昭和六〇年一〇月一日から昭和六二年九月三〇日までの二年間と認めるのが相当である。

(三) 右認定各事実を基礎として、原告の本件休業損害を算定すると、金四五〇万円となる。

〔(15万円×12)×2〕+〔(15万円×3)×2〕=450万円

6  慰謝料 金一三〇万円

前記認定にかかる本件全事実関係に基づくと、原告の本件慰謝料は、金一三〇万円が相当である。

7  原告の本件損害の合計額 金六一四万〇四〇〇円

三  原告の本件損害額に対する同人の心因的要因寄与の存否

被告は、原告の本件損害額には同人の心因的要因が寄与しており、右心因的要因の寄与は右損害額の減額事由である旨主張する。

確かに、原告の本件損害、とり分けその治療関係の損害には同人の心因的要因が寄与していることは前記認定のとおりである。

しかしながら、前記認定にかかる原告の本件損害が、本件に特有な同人の心的要因を除外した通常の基準をもつて算定されていることは、右認定自体から明らかである。

よつて、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

四  損害の填補

原告が本件事故後自賠責保険金金三四万円を受領したことは前記のとおり当事者間に争いがない。

そこで、右受領金金三四万円は本件損害に対する填補として、原告の前記認定にかかる本件損害合計金六一四万〇四〇〇円から控除されるべきである。

しかして、右控除後における原告の本件損害は金五八〇万〇四〇〇円となる。

なお、原告が本件治療費金一〇八万九七五〇円を受領したことも前記のとおり当事者間に争いがないが原告は、本訴において治療費を請求損害費目として掲げていない。したがつて、特段の事情の主張・立証のない本件においては、右受領治療費を本訴認定損害に対する填補として採用することはできない。

五  弁護士費用 金五八万円

前記認定の本件全事実関係から、本件損害としての弁護士費用は、金五八万円と認める。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六〇年九月二八日午後九時一〇分頃

二 場所 群馬県高崎市九蔵町七番地国道三五四号線路上

(信号機の設置された交差点内)

三 加害(被告)車 被告運転の普通乗用自動車

四 被害者 歩行中の原告

五 事故の態様 原告が、本件事故現場交差点横断歩道上を、対面歩行者用信号機の青色標示にしたがい、西から東へ歩行していたところ、被告車が、右交差点内を西から南へ右折しようと進行し、原告が歩行していた横断歩道上で、同人と衝突した。

以上

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